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江戸優り佐原の大夏祭り
2025年8月24日/松尾芭蕉が滞在した都留市から下部温泉とお墓参り
2025年8月24日(日)
東京駅
大月
富士急行線/都留
都留市芭蕉の足跡
十日市場駅
下吉田
富士山駅
大月駅
甲府駅
東横イン甲府



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山梨県富士吉田市/新倉山浅間公園からの富士山
松尾芭蕉は1682年江戸の大火で焼け出された際、甲斐.谷村(都留市)の俳諧の弟子高山伝衛門を頼って、現在の山梨県都留市に。約五ヶ月間滞在した。
今日は身延線・鰍沢口までの切符で、大月と甲府で途中下車して、芭蕉の見たであろう風景と、足跡を歩く。

東京駅発6:01中央特快"高尾行"



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8月24日(日) 富士吉田
8月25日(月) お墓参り
8月26日(火) 下部温泉
8月27日(水)


富士急行線始発駅の大月まで普通電車に乗る。
東京駅6:01中央特快"高尾行"に乗車、7:01 高尾着 7:05に乗換えて7:41大月駅に到着


大月駅で富士急行線に乗換える。
7:55発河口湖行の電車は外装も内装賑やかな「トーマスランド25周年記念号」
8:10分 都留市駅に到着。
ここから芭蕉が滞在した辺りにある句碑巡りの街歩きをスタートする
都留市駅を背にして駅前の”富士みち”を直進すると、5分ほどで左側に”東漸寺”
大きい地図で見る⇒ 
都留市駅~東漸寺~円通院~教育プラザ都留~桃林軒~城南公園~田原佐伯橋~十日市場駅 3.9㌔
天和二(1682)年の江戸の大火事で家を焼きだされた松尾芭蕉は、翌天和三(1683)年に秋元家家臣・高山伝右衛門(俳号麋塒)の招きにより、谷村(山梨県都留市)にしばらく滞在した。 その後も谷村を訪れたいと弟子の手紙に記しており、芭蕉にとって谷村が特別な意味を持つところであったことがうかがえる。 自然と霊峰富士を間近に見る感動が芭蕉に大きな心境の変化を与え、その後の蕉風俳句に大きな影響を与えたと考えられる。
芭蕉は、『野ざらし紀行』の帰路、木曽街道から甲州街道を経由して江戸へ下る途次、
再度都留に立ち寄っている。その折「山賎やまがつのおとがひ閉づる葎むぐらかな」と「行く駒の麦に慰むやどりかな」の名句2句を加え、甲斐で詠んだ句は三つになった。
江戸に戻った翌年の貞享元年秋、芭蕉は「野ざらしを心に風のしむ身かな」と詠んで、 『野ざらし紀行』の旅に出発する。先年亡くなった母の菩提を弔う目的と、 自ら創始した天和調俳諧を世に問う「野ざらし」覚悟の旅だった。  
【山梨県・都留市/HPより転載】   
富士急行線.都留市駅前の”富士みち”を進む。
気温はすでに30℃を越えているだろう。暑い、熱中症に気をつけねば。

8月24日(日) 富士吉田
8月25日(月) お墓参り
8月26日(火) 下部温泉
8月27日(水)


東漸寺【師弟親愛の碑】昭和61年(1986年)建立
松風の 落ち葉か水の 音涼し--芭蕉 夜の静寂を刻んで、かすかに音がするのは、風に散る松の落葉であろうか。ふと気付くとそばを流れる水音が涼しげに響いてくる。
人は寝て 心ぞ夜を 秋の昏--麋塒 人はみな静寂たる晩秋の夜を夢中の人となるが、わたしの心は秋の淋しさがしみじみと感じられる。
円通院
円通院梵鐘
円通院 【六花庵句碑『芭蕉翁百年忌句碑』】寛政5年(1793年)建立
旅人と 我が名よばれん はつ時雨 笈の小文より
旅に出ると「旅の人」と呼ばれる身の上になる。初しぐれの降る季節、しぐれに濡れながら旅し、人々から旅人と呼ばれるのは自分の気持ちに相応しく嬉しい。


円通院から芭蕉の旧居があった桃林軒へ

ふるさと会館
都留市ふるさと会館近くに、俳諧の弟子高山伝衛門の敷地の隅に小さな建物あり
そこに芭蕉は約五ヶ月間滞在して、多くの句を詠んだ。 この建物は「桃林軒」と名付けられている。
大きい地図で見る⇒ 
2004年に復元された”桃林軒”
天和2年12月28日江戸駒込(東京都文京区向ケ丘)の大円寺から出火した火災は「天和の大火」と呼ばれ、深川に暮らしていた松尾芭蕉の庵も延焼し、俳諧の弟子高山伝衛門を頼って谷村に避難した。
この火災にまつわる話を、井原西鶴が「好色五人女」を著し、その登場人物で八百屋の娘お七の名を取り「お七火事」とも称され、広く伝わる火災となった。

8月24日(日) 富士吉田
8月25日(月) お墓参り
8月26日(火) 下部温泉
8月27日(水)


深川の松も泣くらむ 雪の梅 【桃林軒句碑】
深川の松も泣くらむ 雪の梅 【桃林軒句碑】
谷村に降る雪を見て深川に残してきた弟子たちも私を偲んで泣いているだろうと弟子たちを思って詠んだ句
桃林軒 夏馬の遅行我を絵に看る心哉 (芭蕉)【桃林軒句碑】
変手ぬるく滝凋ム滝 (麋塒/高山傳右衛門) 桃林軒で巻かれた連句の発句碑。

夏の暑い日に馬に乗って行く自分の姿を画中の人と見ている句意です。この芭蕉の句に対して、糜塒/高山傳右衛門が、この暑い夏の日に、かわるがわる凉をとろうとする滝も水量が減っていて、ぬるいと応じている。
桃林軒から都留市役所前を通って城南公園へ
【つるのルーツHP...都留文科大学 マヤさん記述】 から転載
松尾芭蕉が都留に立ち寄ったのは、芭蕉の俳諧の弟子である高山伝衛門繁文(高山麋塒)という人物に招かれたからと言われています。
天和2年(1682)、当時江戸に住んでいた松尾芭蕉は、そこで起こった大火事によって家が焼けてなくなってしまいました。
そこで芭蕉に声をかけたのが、俳諧の弟子で、谷村藩主秋元家の国家老(江戸時代、大名が参勤交代などで留守のときに、代わりに政治をになっていた役職のこと)だった、高山伝衛門繁文(高山麋塒)です。この人物によって芭蕉は、火事の翌年、都留に招かれたのです。この都留への旅が、のちに「野ざらし紀行」や「奥の細道」の俳諧の旅のきっかけになったと言われています。
芭蕉は都留にいる間、どこに滞在していたのでしょう。
今の、谷村にある都留市ふるさと会館の近くに、高山伝衛門繁文(高山麋塒)の家系が持っていた敷地の隅に小さな建物があったといわれています。そこに芭蕉は約5ヶ月間滞在し、多くの有名な句を詠んだとされています。この建物は、「桃林軒」と名付けられています。
元々の「桃林軒」は取り壊されてしまいましたが、2004年にその建物は復元されており、今も芭蕉のあしあとを体感することができます。
富士急行線の十日市場駅から歩いて約5分のところに、「田原の滝」という大きな滝があります。この滝は、都留市の名勝にも指定されています。都留での滞在中、芭蕉はここにも訪れたとされています。富士山の雪どけで増水した桂川の清流に、踊る魚とともに春の訪れを喜ぶ心情を句に詠んだ景勝地とされていて、今は滝を正面に望む場所に、句碑と句を詠む芭蕉の石像も建てられています。
現在は富士急行線の列車とのコントラストにより、鉄道写真愛好家のフォトスポットとしても人気で、芭蕉も感嘆した四季折々の情景とともに、鉄道の走る風景も楽しむことができます。
    城南公園の句碑
 行く駒の 麦に慰む やどりかな  旅行く駒が、今日はこの宿のもてなしに穂麦をご馳走になり、うまそうに食べている。自分もこの宿のもてなしに心足りていることだ。  野ざらし紀行より・貞享2年(1685年)
城南公園から最後の目的地"田原の滝"に向かう。谷村駅過ぎる途中に"泰安温泉"銭湯のような日帰り温泉。入湯料金430円。寄りたいがこれからまだ汗かく途中なので残念。
35℃以上もあるだろう猛暑の中、最後の目的地”田原の滝”に到着した

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8月25日(月) お墓参り
8月26日(火) 下部温泉
8月27日(水)


【田原の滝句碑】建立時期:昭和26年(1951年)揮亳:山盧(飯田蛇笏:いいだだこつ)
「勢ひあり 氷消えては 瀧津魚」
「甲斐郡内谷村に白滝という滝あり。また田原の滝とも云うよし、此滝にての句なるよしと伝う。」と底本にある。田原の滝の氷柱も消え、富士の雪解けで増水した桂川の清流に躍る魚とともに春を喜ぶ心情を詠んだ句。 谷村逗留中の嘱目吟・天和3年(1683年)
松尾芭蕉が 勢ひあり 氷消えては 瀧津魚 と詠んだ滝は、上下2段の滝を形成している。
田原の滝
田原の滝から十日市場駅はすぐだった。
都留市駅から約二時間猛暑の中歩いた。無人駅で9:39発の電車を待つ。
富士急行線・十日市場駅


十日市場駅 9:39 の電車に乗る


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8月24日(日) 富士吉田
8月25日(月) お墓参り
8月26日(火) 下部温泉
8月27日(水)


10:00下吉田駅に到着
富士山の展望で人気の展望台がある「新倉山浅間公園・忠霊塔」へ向かう
下吉田駅を出ると、外国人観光客の団体さんがいて、黄色い旗を持ったガイドさんに一緒についていく
中央高速道路の高架下をこぐって、緩やかな山道に入る
石段を上がり鳥居をこぐる
傾斜のきつい石段を登り切ると五重塔だ
この五重塔上が展望台
新倉山浅間公園・忠霊塔
新倉山浅間公園 展望台はほとんど外人さん。展望台に立つと、富士の景観がひろがっている。春は下の緑が桜で覆われ、五重塔と雪をかぶった富士山で人気のスポットだ。
新倉山浅間公園・忠霊塔からの富士山 夏は桜もなく山頂に雪もない
三國第一山新倉富士浅間神社
山梨県富士吉田市にある神社。旧社格は村社。登記上の宗教法人名称は富士浅間神社。新倉富士浅間神社とも呼ばれる。
慶雲3年(705年)9月9日、甲斐国八代郡荒倉郷の氏神として祀られる。
大同2年(807年)、富士山の大噴火があり、同年8月22日、当社に勅使が参向、国土安泰富士山鎮火祭を執行し、その時、平城天皇より三國第一山の称号並びに天皇親筆による大鳥居勅額・金幣・破魔宝面(勅使面)が奉納された。この破魔宝面は現在、富士吉田市の郷土資料館に展示されている---Wikipediaから転載




8月24日(日) 富士吉田
8月25日(月) お墓参り
8月26日(火) 下部温泉
8月27日(水)


新倉山浅間公園からの展望を満喫し下ると、浅間神社に出る。 
新倉富士浅間神社
下吉田駅へ戻る
普通電車がしばらくないので短区間だが、下吉田駅11:02発の特急列車に乗り富士山駅へむかう
11:09 富士山駅 に到着
富士山駅・富士急ターミナルビル"Q-sta"
富士山駅・富士急ターミナルビル"Q-sta"6階展望台、
あいにく富士山が雲で見えなかった
FUJISAN ROOFTOP TERRACE
屋上からのライブカメラ映像⇒


富士山駅を出て”金鳥居”を見に行く。
あいにく雲に隠れ、金鳥居から富士山は望めなかったが、あちこちの歩道の脇に、松明(たいまつ)が置かれ26日から始まる吉田の火祭りの準備が行われていた。
8月26日行われた"吉田の火祭り"









吉田の火祭は、山梨県富士吉田市上吉田地区で行われる祭りである。日本三奇祭のひとつ。北口本宮冨士浅間神社と境内社である諏訪神社の両社による例大祭で、毎年8月26日の「鎮火祭」と、翌8月27日の「すすき祭り」の2日間にわたって行われる。  
  出典: ウィキペディア
富士山駅に戻り富士急行線で大月駅へ。富士山駅11:43の電車で12:21大月着
富士急ハイランドのコラボイベントと連動する形で運行され電車の外観から内装がとても賑やかで面白い。
 大月駅で 11:42分のJR中央線・甲府行に乗換える
甲府行13:44分に到着。
この日の甲府は気温38.9℃ 甲府盆地は全く風もなく、人生初めて経験する暑さ 
ホテルの送迎バスの時間まで甲府駅周辺を歩く

”武田晴信”像






8月24日(日) 富士吉田
8月25日(月) お墓参り
8月26日(火) 下部温泉
8月27日(水)


甲府北口駅前広場に、武田信玄の父”武田晴信”像が建っている。
信玄により駿河に追放された父晴信像だが、甲府駅南口にある信玄像に比べ、北口は人の往来も少なく寂しげに思われる。
東横イン・シャトルバス乗場 甲府駅南口 15:00、東横インのシャトルバスでホテルへ
甲府駅南口を出て平和通りを直進し吉野家の先にある、 居酒屋山内農場前付近から乗車。
15時過ぎホテルにチェックイン。一泊朝食付きで\6500と格安
6階の部屋から甲府城が見えるいい部屋だった
お風呂にゆっくり入り、夕飯は駅ビルで買ってきた"あわび弁当"と"冷やしうどん"
8月25日(月) 6:30 ホテル一階レストランで朝食
2025年8月25日(月)
甲府
鰍沢口
鰍沢本町
身延町・切石
下部ホテル



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8:20分のホテルの送迎バスの時間まで周辺を散歩する
ホテルから5分ほどの、甲府城跡・舞鶴公園

8月24日(日) 富士吉田
8月25日(月) お墓参り
8月26日(火) 下部温泉
8月27日(水)


甲府・芝居小屋"亀屋座"跡
散歩からホテルに戻り8:20発の送迎バスで甲府駅へ。
甲府からお墓参り.下部温泉へ

8月24日(日) 富士吉田
8月25日(月) お墓参り
8月26日(火) 下部温泉
8月27日(水)


甲府駅から 9:03発の身延線に乗る
鰍沢口9:54鰍沢口で下車、歩いて)鰍沢へ
富士川に架かる”鰍沢橋”は新しい橋が出来上がっていた
富士川町・峡南病院前を通る。昔この病院に癌で入院中の母を、泊まり込みで看病した。
母はここで86年の生涯を閉じた。当時の悲しい記憶が脳裏をよぎる

富士川町・鰍沢本町高速バス停

8月24日(日) 富士吉田
8月25日(月) お墓参り
8月26日(火) 下部温泉
8月27日(水)


Mとフランスから帰国中の娘.孫の3人は、バスタ新宿を7:45発の高速バスで発って、10:46鰍沢本町に到着した。甲府から先に来てここで待合せ。
最初にMの先祖代々のお墓をお参り。
お墓参りを済ませて、和食の「かどや」へ。
「かどや」
お墓参りを済ませて、和食の「かどや」へ。
お昼を食べ 松月堂で”せんべい”を買う予定が臨時休業、帰りに甲府駅で買って行くことにする。

12:30頃予約しておいた鰍沢タクシーに行き、 石郵便局前(11.2㌔) へ13:00ころ着いて、Kの先祖代々のお墓参り。
14:15分頃お寺へ下部ホテル(木下さん)に迎えを頼んでおいたので、バスが来るまで休憩。この暑さの中百日紅の花が赤い実を咲かせている。

8月24日(日) 富士吉田
8月25日(月) お墓参り
8月26日(火) 下部温泉
8月27日(水)





下部ホテルの送迎バスに乗り3時少し前にホテルに到着
部屋は西館の410号、すぐお風呂に入る。
夕食は5:30~から二階のレストランで
2025年8月26日(火)
下部ホテル



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26日は朝食後、娘とタダオ君は身延山に遊びに行く

残ったMと二人で宿の周りを散歩する

8月24日(日) 富士吉田
8月25日(月) お墓参り
8月26日(火) 下部温泉
8月27日(水)


甲斐黄金村・湯之奥金山博物館は 「武田信玄の隠し金山」とも呼ばれた湯之奥金山に関連する資料等を展示する博物館。 
下部ホテルの道路を隔てて前にある"ヘルシースパしもべの湯"
散歩から帰り、夕食前にお風呂へ 
8月26日 今夜も五時半から2階レストランで夕食 
8月27日  早起きして最後のお風呂に入る 

8月24日(日) 富士吉田
8月25日(月) お墓参り
8月26日(火) 下部温泉
8月27日(水)


 27日 AM7:00~ 下部ホテル2階レストランで朝食
 10:00 下部ホテルチェックアウト  また来年!
下部温泉駅 10:45~11:55 甲府駅へ
2025年8月27日(水)
下温泉駅
甲府
新宿
東京



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8月24日(日) 富士吉田
8月25日(月) お墓参り
8月26日(火) 下部温泉
8月27日(水)


甲府駅でいつものお土産”山家焼・栗せんべい”を買って帰る
甲府12:17 (特急あずさ)~13:45 ⑨新宿駅⑦ 13:50~14:03東京
江戸優り佐原の大夏祭り
終
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